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July 22, 2006

日本沈没 第二部

最近の映画の予告編などを見ても地震国である我が国においてはそのアイデアにおいて、あるかもしれないと思ってしまうリアリティがSFという枠を超えていると思わざるを得ないのだが。これは日本に住んでいない人とはおそらくあまり共有できないだろうなぁ。

33年ぶりの続編が映画に合わせて?ついに登場。もはや小松左京単独執筆作品ではなくプロジェクト方式により実際の執筆は谷甲州によるものらしい。
一時は東宝は第二部が書かれれば即座に映画化、映画化するなら第二部執筆とデッドロック状態であるとか、作者に日本沈没第二部の事を尋ねてはいけないとか、おそらくこのまま幻のままだんだろうなと思っていたところに突然の出版。
そもそも小松左京が本当に書きたかった部分はこの第二部に相当する部分、すなわち国土を失った日本人の行く末であると言う事は当初から言われていた。しかしSF作家としてのこだわり故かいかにして日本を沈めるかという点に苦労したあげく、結局沈没するまでで出版する事となったというのもおそらく定説である。

物語序盤の沈没した日本の探索シーンには物語上の事とは言え思わず胸が熱くなる(それだけ日本沈没というアイデアは抜群の迫真性を持つ傑出したものだったのだ)。ただ後半以降は世界の危機に物語がシフト、テーマが錯綜する形となってしまってちょっと歯痒い。地球規模の危機を描くなら日本人の話は本来サイドストーリーにしかなり得ないからだ。となると苦労して日本を沈没させた第一部の意味が薄れてしまうし、第二部の地球シミュレータというガジェットは日本人の出番を作らんが為にという風に見えてしまう(完全蚊帳の外みたいな過酷な状況の方がありそうだけど物語的にも辛すぎて書けないか)。

ただそれも解らないでも無い。
想像だが国土再建の為のメガフロートというアイデアは元々あったものの、おそらくそれだけで終わらせてはどうもなぁといった逡巡があったのではないか(大昔のSFならメガフロートによる日本復活でめでたしめでたしでも十分だけどな)。特に33年の間の世界情勢の変化も第二部に影響があった事は間違いない。そのあたりのヒントとして終盤の中田首相と鳥飼外相の問答がそのまま第二部の変遷を示唆しているように思えてならない。この辺り読みながら自分は沈没前の世代なんだろうななどと思ってしまう(沈んでないけど)。

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