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March 13, 2011

勝手にドキュメント 2011/03/11 Part1

前日3/10は娘の通う保育所の修了式で休暇。3/12は娘の6歳の誕生日。
という日程の狭間で、東京ですら人生最大の揺れを体験。
市ヶ谷はとあるビルの5階で、さすがに机(会議室用3人がけの折りたたみ式で心もとない奴な)の下に退避。実は小生その日はプレゼンターだったのだが、出番の前だったので一言も話す事無くプレゼンは途中打ち切り。

ビルの外に出てみると人があふれていた。しばらくそこにいたが、どうにもならんので、とりあえず住所の近い同僚と市ヶ谷駅まで移動してみる。
市ヶ谷到着後2度目の揺れを感じ、これはしばらく鉄道は動かないなーと思ったので、新宿まで徒歩で移動開始。
鉄道が動かないという事は、埼玉に勤務中の奥さんは確実に保育所に迎えに行けないので、自分が行くしかない訳だ。通常保育所は19時までなので、多少は融通してくれるとは思うが…なんて思いながらとにかく歩く。

自分の携帯はワンセグなどは無いので、映像情報には乏しかったがなんとか新宿ついたらビルの壁のモニターで仙台空港の映像が出ていて仰天。
新宿駅は既に閉鎖していて、京王線も動いてなかろうな感じ。
まだ16:30ぐらいだったので、京王がじきに復旧する事を期待して甲州街道を西へ。プレゼン用のMacBook Pro 15inchを持ち歩いていたがこうなると無駄に重いが仕方ない(しかし後で役に立つ事になる)。

あとしばらくすると平時であれば通勤時間帯なので、JRはともかく京王は動くのではと期待していたのだが、笹塚辺りでその希望も見事にはずれ。
こうなると19:00に保育所なんて不可能そのもの。調べると目的地の分倍河原まではその時点でまだ20km。時速5kmで計算しても4時間。順調に行っても22:00という事態に、これはいかんと頭を巡らしたのが、府中勤務の妹の事である。かつて一度も代理を頼んだ事など無いが、非常事態に一縷の望みをかけて携帯はまったく通じないのでメールする。
来月だったら奥さん退職してるからこんな心配せんでもなー、とか色々考えたりなんかしつつ歩いてると左足の裏に違和感。わー、マメがつぶれたー。こんなん高校の体育のマラソン以来やがな。しかし痛いのは如何ともしがたいのでペースは落ちるし歩くフォームもおかしな事に。
そうこうしているうちに公衆電話から通知があり、妹からだった。
手短に用件だけ話して、とりあえず迎えには行ってもらえる事になり一安心なのだが、妹は我が家の鍵をもっていないし電車通勤なのでファミレスかどこかで時間をつぶしてもらうとしてもどのみち合流はしなければならないんである。
そうこうしているうちに腹も減ったし、長丁場なのは明白となったので、同行していた同僚と街道沿いのラーメン店で夕食がてら休憩。この時点で携帯の電池が切れかかっていたのだが持ち歩いていたMacBookをバッテリー代わりにする事を思いつき、思わぬ形で役立った。残念ながらiPhone用のケーブルは持ち歩いていなかったので大事に使わねばと。

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