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March 20, 2011

野球とか停電とか

選抜は関西だしとにかく開催する方が絶対に良いよな。
プロ野球は、何もナイターでなくてもデーゲームでやれば良いんじゃないかと思ったのだが、よく考えたら東京ドームの場合デーゲームでも照明が必要だわな。

しかし今回の事が無くともここまで電気使わなくても良いんじゃないかなとは、これでもかと街にあふれる照明を見る度に、常日頃から思ってはいた。
子供の頃に近い将来石油が枯渇するという話をさんざん聞かされてきた世代だからなのか。

なのでこれを機会に店内の照明などの適量がどんなもんなのかみたいな見直しがなされるかもしれないのは良い事だとは思うのだが。

しかしながら今回の計画停電なるものが、どの程度本当に必要な措置なのかは東電のみぞ知る事なので不透明とも思わずにはいられない。
これにより東電になにかメリットがあるかというと、あまりなさそうな気がするので、一部で言われるようにスピンコントロールなのではという説は勘ぐりすぎではとも思うし、実際にはなるべく実施しないようにもしているように見えるので、なんとも言い難いのだが。

ただ2003年に東電の原発が全て停止したという事もあったようなので、その時に大規模停電があったと言う記憶が無いのも事実。
しかも今回は相当に各所で節電努力が行われているのは間違いないので、平時よりも消費電力は少ないはず。その状況で福島が駄目とはいえ大規模停電をせざるを得ないほどなのか疑問もある。直近でも去年の猛暑の方が相対的な電力消費は高かったんではないのか?なんかギリギリですみたいな報道があった記憶があるぞ。
そもそも発電は電池では無いので今使わない電気をため置けておけるものでもないし、この危機に止めないで済むならその方が良いに決まっとる。

なので市民生活や企業活動に多大な負担を強いる大規模停電を「仮に」スピンコントロールとして行っているとするならば、その決定をした連中の頭ン中を見てみたいものだ。

先にメリットがあまりなさそうと書いたのは、当然叩かれるからである。しかし実際には「計画通りに停電が無い」といって良い事でもなんだか困ったような気になる不思議な国民性ともあいまって、非常時であるという納得も得られるし、事故での叩かれついでとしては案外妙案だったのか。
それだけ即座に先を読める連中がいたとしてなお、今回の事故を防ぐ事が出来なかったのかとも思うが。単に平時には安全管理に興味がなかったのかもしれん。

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