文化・芸術

July 27, 2014

成田亨展

富山で開催中の成田亨展。とある筋から招待券いただきましたんで、どうせ行くならと19日に参上。というのも記念トークがあったから。とはいえ三連休を女房子供置いて単独行動。だって直前まで予定が確定できなくてさー。

回顧展として作品数も700点をゆうに越えると言う事でかなり充実の規模と言ってよいでしょう。立体作品も初期作品に加えて大江山の鬼に北上のレリーフを一堂に会してますしね。さらに、常設展示部分でも特設展示としての成田展とのリンクも用意してあって、見逃しがちでしょうが、ここは常設展も見て欲しいですなあ。

ところで閉館が17:00だもんで、記念トークを終えたらあまり時間がないんでやんの。常設展どころか、企画展すら飛ばし見になっちまって結局一泊の後(もともと泊まり予定だったけど)翌日も美術館訪問して帰ってきたような次第。
Amazonなどでは予約で一位らしい図録も先行販売してますからもちろん買ってきましたよ。
画集が絶版になって久しく、プレミアついちゃってますからようやく手頃(でもないけど内容充実で納得感はありますから)に入手できる形になってめでたい。

今後福岡→青森と巡回するみたいですが、それ考えると富山が結局一番行きやすかった…のかね。日本海の海産物も夜は堪能しまして良かったです。

June 23, 2012

著作権法とかむにゃむにゃ思いつくまま

所謂違法ダウンロードに対して有耶無耶かつなし崩しに(特に音楽業界のゴリ押しだけで)刑事罰までも適用とゆー著作権法改正(いや改悪?)。本当に業界は色々シツコイな。まだ90年代のCDバブルが忘れられないのか。
あれはなんかの突然変異であって、今後何しようが、物理パッケージの売り上げは回復しないと思われ。推測だけど、ケータイ世代は今後レンタルですら利用するのかどうか。

何が正しいのかというよりも、いったい誰が得するのかという観点から見て、誰も幸せになりそうにないところが実に空虚。まったく何処に美味い汁があるのか知らんが、議員先生方も酷い体たらくで色々絶望的。

色々論理的にも変なところは多い改変だけど、まあ100歩譲って今回の改変を止むなしとするならばだ、およそコンテンツに対する正規のアクセスルートは提供されるって事なのかと?ホンの数年前にJobsがiTunes Storeでそうしたように、ソリューションも提供しなきゃ筋が通らんで。データおいときゃすむんだから廃盤とか、基本無しでなきゃ駄目やん。もっともココは現状iTunes Storeでもしばしばカタログが突然消えたりするんで不満だが。置いとくだけでも賃料?かなんかはかかるんか知らんけど。
とにかくまず第一にそういったニーズに対するソリューションを提供する事もせずに、いたずらに消費者を犯罪者予備軍扱いしてすませる業界なんて、著作権利権関係(今回は特に音楽関係というのが明らかなんだが)だけじゃねーの?なんか息苦しいよねぇ。

だいぶ昔の事になるけどNeil Youngが「ネットなんてラジオみたいなもんだ。皆ラジオには金をはらわないだろ」ってな趣旨の発言で切り捨てたのに痺れたのをあらためて思い出す。

まあ小生は小生でどっちかつーと極論方向にバイアスかかりまくってるんで、あれだけども。
例えば物理メディアは滅びるか、近いところまでいくと思ってるんで。Spec一つとっても、CDやDVD(この際SACDでもBlu-rayでもなんでも良いんだけど)を凌駕するハイスペック(が世間のニーズにあるかはさておき)に対してもはや物理メディアは必須ではないし、むしろある意味足かせになると思ってるんでね。一義的にはソフトウェアでどうするかを考えてった方が遥かに早く高品質なものを提供出来るわけで。最終的なアウトプットたるスピーカーやモニタはどうしたってハードの領域だけども、既にインプットが物理メディアパッケージである必然性は懐古的な意味合いでしかないんじゃないかな。
# だからオーディオオカルト的にはプレーヤとしての音楽専用PCみたいなのはありっちゃありなんよな。

放送局のソースにしてからが、殆どの場合特定の放送時間に縛られる意味は本質的には無いわけで。見たいと思う人は見たい時間にオンデマンドアクセス出来れば良いんで。今や利権を別にすれば(そこが一番難しいんでしょうが)さして難しいとも思えない話だが。
繰り返しですが、ソリューションの提供こみで四の五の言うべきではないのかと。

ちなみにどっちかって言うと最新のカタログとかは、こと音楽に限って言うとほとんど縁がないので、昔のカタログの充実を望みたい。ネットとの親和性も高いだろうし。

まー大げさに言えば人類の文化遺産としての作品群を全てネット上にアーカイヴしておいて欲しい。Googleが言ってる事だけど、映像とか音楽とか文学等に関しては全く同意だな。いまや実現可能なのが凄いじゃん。

February 27, 2012

iTunes Store その後とか

先週の仕様変更からちょっとたって、落ち着いた?のかどうかしらんが、既に書いたようにこれを機会に消えてしまった楽曲群も少なくないのが実情のようである。
それ以前に消えてしまったモノも多いのだが、とにもかくにもDRM付き(てか低ビットレートのまま)で放置されたままの曲が我がライブラリには概ね300曲。
小生的にはまったく無関係だが、世間的にはインパクト大きそうなのはBeing系離脱かしらねぇ。
やはりPlusフォーマットに伴うDRM無しってのが影響したのでしょうか。毎度の事ながらケツの穴が小せぇこった。
ちなみに残った楽曲群も何気に値付けが250円になってたりするのもあったりしてここじゃ確実にインフレが起きとる。しかしまあ日本において適正利益確保の為にその値付けが必要だと言うならば仕方ないけどな。なんせそこの損益分岐点は知る由がない。

ところでなんだかんだでiTunes Storeはワールドワイドでは日本だけ成功してないそうな。配信の中ですらシェア6〜7%程度だとか(大半はレコチョクだそーです)。iTunesの普及に比べるとなんだか低すぎるようにも思うけど、といって意外とゆー感じもしないか。たぶん実際のところ配信自体がいまだ盛り上がってないように思われ。まーそんな程度じゃなかなかAppleのやり方も通らんわなぁ。

小生はというと完全にiTunes StoreとAmazonにどっぷり。最近じゃ映画もiTunes Storeがメイン。世間的には少数派なんでしょうが、ソフトウェアの物理的コレクションにはますます感心が無くなってる今日この頃、Appleの目指す方向性と個人的志向がほぼ合致してるんだわ。
でも本に限って言うとインターフェースは物理的書籍の方がまだなじむかな。あー、でもビジュアル重視、あるいは検索性が要求されるとかならデジタルのほうが既に良いかも。

February 18, 2006

電気用品安全法2

大物が動いた。
とりあえず下記へどーぞ。
http://www.jspa.gr.jp/pse/

September 04, 2005

成田亨の美術世界

知る人ぞ知る成田亨については語らずを決め込んでいたのだが(←意味不明)、これらの労作を前にしてコメントするとなるとどうにも避けられないのだな。
『成田亨の世界』展を観る PART1
『成田亨の世界』展を観る PART2
こんな辺境で御託並べたところでどうにもならないとはいえ、なにしろ良くも悪くもネットの世の中だ。
ココログが無くなるかこっちが解除しない限りこのままなのよね。

という訳で成田Worksを特撮周辺の枠組みで語った文章は今までも数多く発表されていると思うが、それ以外の眼をもって記した文章は知る限りでは極めて少ないと思えるのが現状だ。その意味でも前述のリンク先は貴重な労作である。

といってもここ10数年ぐらいの状況って実はよく知らないので間違ってたら何だけどな〜。

ところでこのレベルの内容が個人のささやかなブログで語られるしか無いというのもなかなか貧しい話だ。最近になって多少散見するようにはなったが本当に全くと言って良い程に語られてこなかったんだよ。ざっくり20年は遅いというか空白というか。
我々の世代ぐらいになると芸術は芸術として存在するし適当な言葉が見当たらないので使用するがサブカルチャー/ポップカルチャーはやはりそれはそれとして存在するので、言うなればClassicは高級でRockは低俗みたいな古くさい決めつけと変わらん故それぞれに優劣つけようとは思わないが、なかなかクロスオーヴァーしないのは音楽も美術も変わらない。まあ村上隆みたいなのは手口のみが先鋭に過ぎて個人的には受け付けないがね。(つまりその中では勿論、良いものもある、(だけど)悪いものもある。って事な)
まあ何だ。実感として古典美術と成田亨っていう視点で見られる層って大きな括りでいう所のClassicとRockをともに好む向きよりもより少ない感じはするものねぇ。

一つにはそれだけULTRA WORKSが偉大に過ぎたという事実は否めないのだが。事実モンスター造形という点だけを取り出して見ても既に発表から40年たっているにもかかわらずその斬新さは質/量ともに未だに世界的に類を見ない。もとよりベクトルが違う方向なのは承知の上で有名かつたぶん金持ち(笑)だから引き合いに出すけど、例えばほとんどその感性だけでモンスターを生み出したHR.Gigerなどと比較すれば、成田亨は感性のみならず美術的な意味で極めて論理的な視点を持つ事が出来た故にバラエティに富みながら署名的という点ではその差は明らかである。

今に至るまで資本主義というか商業主義という現代社会の枠組みの中で、あるいは映画/テレビ界の中でその極めて早期から関わりながら芸術家が出来る事、やるべき事といったものをその葛藤までコミで非常に自覚的に取り組んだのはひょっとして成田亨一人だけだったのではないかとすら思える。というか逆に言うとそのポジションには成田亨しかいなかったとしたら他にいる訳も無いのだが、今となってはこれは我々にとって極めて幸福な配剤だったと(成田本人の意志はさておき)天に感謝すべきなのである。

てかやっぱり内容かぶっちまったなぁ。まあ備忘録って事でかんべんしてつかーさい。

October 06, 2002

バルセロナ・ピカソ美術館展

バルセロナ・ピカソ美術館展に行ってきた。
ピカソといえば一般にはわりと、シュールな(という括りは微妙ではあるが)ありていに言って上手いんだかなんだかよくわからん絵を書く人というイメージがありがちではあるが、今回の展示は一番古いもので9才、新しいものでも22才というキャリアの中では極初期にあたる作品展で、しかもほとんどが素描という地味なものであった。(ギリギリ青の時代がかすった程度)

いかな天才といえど、さすがに10才にも満たない時代の作品は、そこそこ絵の上手い子供の絵という感じなのが微笑ましい。というかここまではまだ同じ人間と言う感じがする。ここから2~3年ですぐに天才としての技量が開花するのは展示を見れば明らか。

ちなみに今展示の売りは明らかに「初聖体拝領」と題された15才時の大作と思われるが、15才にしては普通に大した作品なのだが、ピカソの作と思うと後年の充実した作品群と比べれば所詮習作にしか思えない感じではあった。
いわゆるピカソらしい個性はまだまだというか、アカデミズム臭がただようあたりは、まあ止むを得ずという雰囲気。

てな感じで、興味のある向きには良いかもしれないが、展示自体はマニアックな部類だと思うので普通に絵を見たい人にはどうかね。なにしろ素描とか書くとなんだかありがたみが出ますが、実際のところ単なる落書きというのも多いんでねえ。
これは決して貶めているつもりではなく、「後の大画家の若き日の落書き」と言う興味深い展示だとは思っているのだが(笑)。